姫路城西の丸

2026年09月22日 19:42

岡山の従兄との食事の翌日は、姫路城へと足を伸ばしました、連休で、かなりの人混み、いやーな予感がしました、案の定、天主に登る大行列、天主は諦めて西の丸だけ見て廻ることにしました

ここで、一口情報です、入城券は、当日売り場で購入出来ますが、シルバーウィークのような連休の時などは売り場が混雑するので、デジタルチケットが用意されています、そのデジタルチケットには、令和8年9月現在1,000円のクーポン引換券がついており、お得感もあるのですが、引換券ですから、クーポン券に引き換えないとなりません、引き換えは、入場門手前、向かって右側のテントです、そこで、係の人に、デジタルチケットを提示して、クーポン券を受け取ってくださいね

クーポン券使って、たこ焼きそばなど、意表を衝くグルメをご堪能されてください

千姫のための西の丸

池田輝政が築城した白亜の姫路城、テレビのロケ地としても有名です、姫路駅を通過する新幹線の車窓からもよくみえますよね、しかし、この日、探訪したのは西の丸です

百間廊下

1617年池田家に代わり、本多忠政、忠刻父子が入城した折、西の丸が造成され、その折、忠刻・千姫のための御殿や化粧櫓などが築かれました。その御殿を囲むように築かれた長屋は通称‘百間廊下’と言われ、約300mの長さになるそうです。
テレビ番組では、大阪の陣で秀頼と死別し、傷心の千姫様、しかし、男前の本多忠刻に即恋したって、紹介されてました。千姫さんは、深窓の令嬢、悲劇の姫君というイメージとは異なり、大和撫子らしく、しなやかで柔軟、賢く強い母としての適性を有していた方のように感じました

千姫の祈り

1623年山野井村にある男山に天満宮を建立された由です、羽子板を手に勝姫、幸千代ら子どもたちを慈しみつつ、ここ西の丸から天満宮を遥拝して、もちろん本多家の繁栄を祈るとともに、秀頼の鎮魂をも祈っておられたのではないか、とのことです

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